ひよことナンパ

常に例外であれ

ひよこと冬のナンパ

 

 

冷たい風が頬をかすめ、首に巻いたマフラーを口元までたくし上げる。

 

 

 

名古屋でも繁華街であり休日には沢山の買い物客で賑わうこの街が少し前までは好きではなかった。

 

田舎出身の僕は人混みを極端に嫌っている。ただ、ナンパを初めてからその感情は無くなってしまった。

 

ストリートにいると街の中にいながら完全に孤立している感覚になる

 

 

 

この流れに逆らって進む鯉のように。流れに逆らい、強く速く、

 

この先に何があるのか

 

 

この滝を越えれば龍になれると信じる鯉のように

 

 

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2016年某月

 

 

 

 

今年の冬は僕にとってナンパ師という肩書きを付けた

 

初めての冬だった。

 

 

 

ただでさえストナンは自分との勝負が絡む場面も多い中

 

冬の寒さはその勝負をさらに厳しい物にしていた

 

 

 

僕は決して意思が固い人間ではない

むしろ周りに流される事が多いくらいだ

 

 

 

社会に出てからというもの、『自分』と『周り』との圧倒的な実力の差に何度も打ちのめされた

 

点数で、実績で、発言で、明確に「お前はあいつよりも劣っている。」という事が分かる。

気持ち良い物ではなかった

 

 

これはそんな僕だからこそナンパを通して女性を魅了できた

 

そんな話

 

 

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その日はあまり成果が出ていなかった

 

10声かけを超えた辺りで、半分程度が冷たい反応だった

 

 

 

『本当に寒くなってきましたね、こんな日はコタツでゆっくりしたいですよね』

 

 

マフラーで口元が隠れているため感情が読めない、

 

笑っているのか、無反応なのか、興味を持ってくれているのか

 

 

結局放流

 

 

寒くなってきたし帰ろうかな。。。

自分が使っていたオープナーに納得する

 

「本当こんな寒い日はコタツでゆっくりしたいわ。。。」

 

ボソッと呟く。

 

自身でも共感せざるをえないオープナーになぜ皆無反応なのか甚だ疑問だった

 

 

『うん、そうだよね!コタツ入りたい!』

『だよね!うちにコタツあるから行こうか!」

『え、いいの?やったー』

 

もしかしたらこんな事もあるかもと思って街に降り立った1時間前の自分に喝をいれたい。

 

僕は常に安易だ

 

 

 

 

少し前までは連れ出しすら出来ずに帰るのは嫌いだった

 

全ての女性から拒絶された

 

大袈裟だがそんな気分になる。誰か一人でも受け入れてほしいと思い必死に声かけをしていた。

 

 

 

最近は少し落ち着いたのか、

何事もなく帰る事もある。

 

何事もなく帰る事を受け入れてしまっている自分に嫌悪

まだ自分には熱い心は残ってる。

 

 

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『落ち葉もこんなに散っちゃって、なんだが寂しく感じますよね』

 

 

 

それは、あと3人声かけをしたら帰ろう

 

そう決めた最初の一人目だった

 

 

 

冬の寒さのせいなのか、流されやすい僕は、天候に左右されたように低いトーンで一声目を放った

 

悲壮感に似た雰囲気があっただろう

 

僕は普段、ネガティブ要素を含むオープナーは使わない

使ったとしても自虐的に、高いテンションを保ち、それをネガティブには捉えられないようにする。

 

 

 

 

『。。。うん。。。そうですね』

 

 

3秒ほどじっくり使って彼女からの返答が終わった。

 

セミロングの真っ黒で、束ねる事も無く流した自然な髪に雪のように白い肌が印象的だった。

 

口調はハッキリしていないが、しっかりとした眼差しで僕の方を見ている。

 

 

どういう事だ?なぜそんなに見つめてくる?

 

 

突然声をかけられて驚いて目を見開く。そんな女性は沢山いたがそれとはまた違う彼女の態度に、少しばかりの疑問をもった。

 

 

ただそれを知る方法は今はない。

些細な事が突破口になる事はよくある。

この疑問は忘れないでおこう。

 

 

必要以上の間は彼女から僕に対する興味が不信感に変わってしまう。

 

何か言わないと

 

 

 

彼女のゆったりとしたテンポに合わせるように少しだけ間を置いて

 

 

『こういう葉っぱを集めて焚き火とかした事あります?』

 

『いやー。。。』

 

まだまだゆっくりしたペースの彼女、苦し笑を見せた

 

 

 

ナンパは考える事が多すぎて疲れる。

 

相手の反応から考えられる可能性をいくつか列挙してみる

 

 

元々ゆったりした子なのか?

 

突然の赤の他人に困惑しているのか?

 

まったく興味がないのか?

 

 

ゆったりした子なら、このままのペースを保てば良い、相手にとって居心地の良いフィールドで戦おうじゃないか

 

困惑している?そりゃそうだよ、ゆっくり自己開示をしよう。。なぜ僕がここにいるのか、なぜ声をかけたのか、相手に熱意をもって理解してもらえば良い。

 

それとも興味がない?だったら辛いな。。。とりあえず興味を引かないと。。何か面白い事を言って笑わせようか。

 

 

 

 ここは無理せず様子見かな

 

 

 

彼女の心地よいと感じるテンポに合わせて、昔から友達だったような感覚に落とす。

 

 

2、3会話を重ねるが首をかしげる彼女。

 

反応はしてくれる。

 

 

こういう時はいつも困る。歩くペースは変わらない、彼女の反応も変わらない。

 

 

 

こういう時に彼女の興味を引けるようなインパクトのある事が言えればなんて強いんだろうか

 

段々と自己嫌悪に陥る

 

とりあえず放流して、次の案件に行こうか

 

ふっと周りを見渡すと、他にもオープンできそうな案件とすれ違う

 

 

 

グッと歯を食いしばる

 

 

まてまて、今まで何百回こうやって中途半端な所で諦めてきたんだ

 

諦めず厳しい状況の中、耐えて耐えて、話を広げて、結果に繋がった事だってあるじゃないか。

 

僕の数少ない成功体験を思い出す。

 

 

 

有名ブロガーの劇的な成功体験、面白いトーク、インパクトのあるストーリー

 

 

 

心動かされる物ばかりだが、そんなもの自分の体験でなければ一切役に立たない

 

付け焼き刃のテクニックより、ストリートで得た些細な成果を信じる

 

 

 

 

とりあえずこういう時1番てっとり早く状況を改善する方法はある

 

僕はゆっくり息を吸い、そしてゆっくりと吐いた

 

 

 

 

そう

 

 

 

 

深呼吸ルーティンだ

 

 

 

 

とんでもなく普通の事だが、これである程度頭の回転が早くなる

 

 

さあもう一度

 

 

 

 

 

 

 

しかしこのコースはマズイ

 

今までに何十回と失敗したパターン

 

駅に入り帰る道のりだ。

 

 

 

あと三声かけと決めて、声かけをした一人目でのこの反応

 

これを逃すわけにはいかない。

 

 

歩くペースか反応か、どちらかを変えなければいつものように放流される。どっちにしよう。。。歩みを止めるか。

 

ふと道の先を見ると枯葉が集まって小さな山になっていた。

 

 

一歩彼女の前に出て、大げさな手振りで

 

 

『さあ、さっき話してた焚き火の続きをしようか、せっかくだから本物を準備しておいたよ!駄目元で聞くけど芋持って無い?あとライター。焼き芋焼きながらまったりしようか!』

 

 我ながらゴミのようなトークだ、ただ深呼吸ルーティンをかまし一度落ち着いた自分だから切り出せる。

 

 

僕からスッと歩みを止める

 

軽く彼女の肩に触れて止まるように制止する

 

 

僕は序盤で相手に触れる事は基本的にしない。

ただ偶に絶対放流したくない女性に対してだけ出来る限り自然に触れるようにする。

 

 

『何言ってるんですか笑』

 

 

あんな無理矢理なやり方で笑ってくれてほっと一息。

 

笑ってくれたし話のペースをあげよう。

 

 

 

一通り焼き芋トークをする。しかし盛り上がら無い。

 

そりゃそうだ、僕は焼き芋をした事がない。

漫画で枯葉をもやして芋を焼いているシーンがあるが、あれは本当に可能なのか?

それより蒸してジャガバターにしたほうが100倍美味い

ちょっと時間をかけて肉じゃがというパターンも良い

 

そんな事を頭の片隅で考えなら、もう反対の片隅で芋トークを続ける

 

 

 

 

『っていうかお姉さん服装はお洒落でメイクもバシッときまって都会っぽいけど、実は田舎出身でしょ?』

 

 

面倒になったのでコールドリーティングで流れを切る

 

 

『えー笑 メイクは普通ですよ、 まあXXXですけど』

 

『やっぱり、そんなオーラが出てる笑』

 

『田舎っぽいオーラ?』

 

『うん、灰色のドロドロしたやつ』

 

『何それ笑』

 

 

 

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繁華街から少し離れた所に僕の好きな居酒屋が幾つかある

 

決して良い雰囲気ではないが

 

落ち着いた、実家を思わせるような所だ

 

 

 

 どんどん冷え込む気温から逃げるように僕はその居酒屋へと入った

 

 

 

 

その後ろには先ほどの彼女もいた

 

 

 

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ゆっくり腰を下ろし、面と向かう

 

時計を確認

 

 

 

『終電で帰るからそんなに長くはいれないけどね』

 

 

そういって付いてきた彼女

 

何も面白い事は言えなかった、彼女の興味を引いているとは思えない

 

 

 

まあいいだろう、貴方の意向は尊重します。

 

いつもはゆっくり時間を使って関係を構築するが、今回はペースを上げないと

 

 

 

 

 

 

僕のアポは何も特別な事はしない

 

 そのまま一夜を共にする事もあれば、帰られる事もある

 

 

 

 

ただ一つ気になっていた事

 

あれを確認しないと

 

理由によってはタイムオーバー

 

 

 

『最初に話かけた時、なんであんなに見つめてきたん?そんなにびっくりした?』

 

少し思い出すように彼女は間をおき

 

『同じ事を考えてたの』

 

『同じ事?』

 

『むしろXXX君はいつもああやって声かけてるの?』

 

『違うよ、最近仕事大変でね、外も寒いし、落ち葉も散って、なんか寂しなーって思ってたんよ、そしたら反対外から寂しそうな顔して歩いてるXXXちゃんが来たからついつい声かけちゃった』

 

 『そうなんだ』

 

『俺の予想間違ってた?』

 

 

 

 

そこから彼女は仕事について話し始めた。

 

 

若くして業績を上げ、部下もでき、次期管理職とも言われているという事

業界としても女性の管理職増大に力を入れているため上からの期待も高いという事

しかし彼女はその流れについて行けないと感じている事

自分はもっと普通の女の子、でも職場では頼れる上司として、部下に指示を出し

本来の自分以上の力を無理やり発揮しなければならい事

そしてそんな状況にもう疲れ切ってしまっている事

 

 

 怒涛のように仕事をこなし気づけば季節は冬になっていた

 

少し前までは青々しい木々が並ぶ街並みも

 

灰色一緒になっており、心の中で感じていた

 

『なんだか寂しいな』

『なんだか寂しく感じますよね』

 

 

そこでやっと分かった、あの時の彼女の反応

 

一歩、いや半歩彼女に近づけた気がして嬉しかった

 

 

 

 

盛り上がる会話

 

なんだそうか、僕らは同じ人種だった

 

恋愛の話なんて一切しない

 

僕らは恋愛に悩んでいる暇はない

 

一瞬のミスで社会的地位が崩れる、そんな土俵にいるんだ

 

強豪他社との熾烈な戦い、社内全員がライバルだ

 

擦り切れる思いで、食らいついている

 

脱落していく同期を見送りながら、今のフィールドで頂点を目指す

 

 

そんな共通した価値観をもった、いや持っていると錯覚している二人が偶然道端で出会った

 

なかなかドラマチックじゃないか

 

 

話は尽きない

 

『場所を変えよう、僕らの話はもし大学生が聞いたら泣きたくなる内容ばかりだ』

 

『そうだね笑』

 

 

 

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ストリートは濁流

 

僕はその流れに逆らって泳ぐ鯉

 

 

いったいこの先に何があるのか

 

この濁流を登りきり、その先に待ち構える滝を越えた時

 

龍になれると信じる鯉のように。

 

 

 

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『結局最後までしちゃったね』

 

『そうだね、また会ってくれる?』

 

『時間が合えばね』

 

『そうだね、お互い仕事に一球入魂だしね、頑張ろう』

 

『もちろん』

 

 

 

 

改札に消えていく彼女

 

それを見送り

 

携帯を開く

 

 

新しく来ていた1通のメール

 

それを開く

 

 

 

タイトル『二次面接のご案内』

 

 

 

 

 

 

『やっぱりブラック企業は嫌だよぉ』

 

 

ーひよこ